脊索の起源では Brachyury 遺伝子は 1 コピーだった

 
2023 年 8 月 21 日 改訂
井上 潤
脊椎動物の出現に重要な役割を果たした脊索 (図 1) の形成には,Brachyury (ブラキウリ) 遺伝子が欠かせない.Brachyury には,2 つの発現部位がある.第 1 の部位は原口であり,ほとんどの動物に共通している.第 2 の部位が,脊索動物に特有の脊索である.

Brachyury は,ふつう 1 コピーしか存在しないが,頭索動物 (脊索を持つ) には 2 コピーある (図 1).2 コピーと言うことは,一見,それぞれのコピーが 2 つの発現部位を分担しているように思える.一般に遺伝子は遺伝子重複によってコピー数を増やすと考えられているので,脊索動物の歴史のどこかで重複して頭索動物の Brachyury は 2 コピーになったはずだ.2 コピー持つ頭索動物は,脊索動物の起源の近くから分岐する.はたして,Brachyury が脊索動物の共通祖先で重複して (図 1の A,この場合,尾索と脊椎動物で 1 コピー欠失),これと同時期に脊索動物の祖先で脊索が獲得されたのだろうか.

この問題を解決するために,我々は後口動物の主要系統を網羅するゲノムデータを解析し,それぞれの種から全ての Brachyury の遺伝子配列を収集した.すると Brachyury は,頭索動物では 2 コピーであったが,他の後口動物では 1 コピーであることが確認できた.

そこで,後口動物で Brachyury の遺伝子系統樹を推定したところ,頭索動物に存在する 2 つの Brachyury (Amphi-Bra1Amphi-Bra2) は系統樹上で 1 つのグループにまとまった (図2,オレンジ色太線の枝).しかもこのグループには,他の動物の遺伝子が入っていなかった.このことは,頭索動物の Brachyury は,頭索動物の系統内部 (図 1 の B) で生じた遺伝子重複で 2 コピーになったことを意味する.

以上の結果は,脊索動物の祖先種では (図1 の A),Bachyury が 1 コピー (1 遺伝子座) だけ存在したことを示す.このことは,脊索動物の祖先種で、この 1 コピーの遺伝子が、遺伝子重複して 2 コピーになる前に、第 2 の発現部位である脊索を獲得したことを意味する。つまり、Brachyury の遺伝子重複は脊索の獲得に関係なかったのだ.しかしBrachyury のコピー数は脊索動物の系統ごとに異なるので,Brachyury の発現調節メカニズムを解明するのは,単純ではなさそうだ.(1) 1 コピーで 2 つの発現部位を持つ,(2) 2 コピーで別々の発現部位を持つ,という 2 つのケースを系統ごとに考える必要がある.

文献
Inoue J, Yasuoka Y, Takahashi H, Satoh N. 2017.
The chordate ancestor possessed a single copy of the Brachyury gene for notochord acquisition. Zoological Letters, 3:4. Web. Synteny analysis.