分岐年代推定に用いる制約の選び方
2014 年 11 月 20 日 改訂
井上 潤

r8s, multidistribute, mcmctree, BEAST などで年代推定を行う場合は,主に化石記録に基づいていくつかの分岐に制約を設定する必要があります.Yang 研究室で私が行った研究をまとめた論文では化石制約が分子年代推定にはとても重要であることを強調して終わっていますが (Inoue et al. 2010),このことは直感的にもわかります.ここでは Benton and Donoghue (2007) に従って,化石記録を用いた場合の制約設定について気になったことを書こうと思います.

制約として用いることができる化石は,かなり条件がそろったものとなります.その条件とは (A) assignment されているか (どのグループに属するのか),(B) assignment できた場合に系統樹上での位置が判明しているか,(C) 現生種を含めた robust な系統関係が得られているか (化石・形態データと分子データで樹形の整合性がとれているか),(D) 最古の化石であるか,などが思い当たります
*.ここでは,これらの問題がクリアされている化石情報を,どのように分子データを用いた年代推定に適用するかを考えています.

* これらの諸条件がクリアされているかどうかは,化石が記載されている論文か該当する総説を読んで判断するしかないと思います.


Lower constraint

Lower constraint (minimum constraint あるいは minimum age とも呼ばれる) の選び方は upper constraint ほど難しくありません.対象とする分岐群に含まれる (分岐の後に派生したとされる) 系統の最古の化石を lower constraint として選びます.厳密には対象とする分岐から派生した 2 系統両者の最古の化石が出そろった時点を lower constraint とすべきかと思いますが,これはよほど化石記録が充実している生物を扱っている場合に限られると思います.


Upper constraint

Upper constraint (maximum constraint/age) の選び方は,Benton and Donoghue (2007) にある以下の文章に集約されていると思います.

Maximum age constraints should likewise be justified on the basis of a phylogenetic hypothesis, with reference to fossils belonging to outgroups and to putative stem groups, and to the next oldest fossil horizon that lacks relevant fossils.
 Benton and Donoghue (2007), P29, 右 1〜5 行目


Lower constraint に比べて upper constraint の設定は,より robust な系統仮説が必要なのは確かです.その後の Benton and Donoghue (2007) の主張を検討しました.いずれにしても化石記録が相当充実していないと,upper constraint を考えるのは難しいように思えます.

Modified from Benton and Donoghue (2007)


(1) 対象とする分岐群の姉妹群から得られている最古の化石 (分岐 AB)
姉妹群最古の化石を uppper constraint にできます.姉妹群が出ていると言うことは,すでに一つ上の分岐が終了しているので,この年代を upper constraint にできるだろうと考えます.
 例えば,上の図で分岐 AB に与える上限制約を考えます.姉妹群である Clade C につながる lineage 最古の化石が 地層 2 から出ています.地層 2 の年代を分岐点 AB の上限制約に使います.

(2) stem group (対象としている分岐直上の祖先種) の化石 (分岐 A)
化石記録の assignment がかなりしっかりしていれば可能だと思います.実際には化石種の系統関係を推定することは困難だと思いますし,現生種の系統関係が robust であることすら珍しいので,かなり限られた状況でしか使えないように私は思います.
 上の図では Crown clade a 根幹の分岐 A が例として考えられます.Clade a の stem lineage 最古の化石が 地層 3 から出ています.地層 3 の最古の化石を分岐点 A の上限制約に用います.

(3) 対象としているクレード最古の化石より一段階古い地層年代 (分岐 ABC)
これも化石記録が充実しているグループに限られると思います.いわゆる evidence of absence を信じる立場で,化石が無いと言うことはまだそのグループが表れていない (分岐が生じていない),とする見解です.
 上の図では分岐 ABC の Stem から化石が出ていません.このため地層 1 の年代を分岐点 ABC の上限制約として用います.


最古の化石年代をそのまま upper constraint に適用するには,慎重になる必要があると思います.(a)定説に反して実際には化石があまり出ていない,(b)assignment 可能なほど形質がはっきりした化石が分岐のずっと後からしか得られていない (ex. ウナギらしい形になったのは分岐よりもずっと後である),(c)分岐のずっと後になって化石として残るほど個体数が増え始めた,など,考え出したらきりがないほど不都合なケースが思い当たります.lower constraint の場合は,化石年代が実際の分岐よりかなり若くてもただ単に緩い制約になるだけなので,推定値に悪影響を及ぼす可能性は低いと思います.

通常 upper constraint の設定は疑問の余地が残るので,厳しい upper constraint を設定する場合は soft bound (upper constraint を飛び越える推定値も認める) の設定がこれからの解析には好ましいと考えられます.今のところ BEAST や MCMCTREE などが soft boudn に対応しています (2010 年 9 月).


実際の解析

分子データを用いて分岐年代の推定を行うには,下限制約の他にも,少なくとも根幹の分岐にしっかりとした上限制約が必要です.そのような分岐を見つけるのは通常困難ですが,なんとかして年代推定を行うには,条鰭類を例にとると 2 つの戦略が考えられます.
  • 化石の充実した分岐を解析に入れる.条鰭類の分岐年代推定では,upper constraint を与えても良さそうな分岐は,条鰭類と肉機類の分岐付近だけという感触を得ています.私の知る限り真骨類など派生的なグループは upper constraint を考えるほど化石記録が充実していないようです.このため,科内部の分岐年代を推定する場合でも,GenBank などからデータを収集して条鰭類 vs 肉鰭類の分岐を解析に含めるような分類群選定を考えます.
  • これまで分子データに基づいて推定された根幹および主要な分岐の推定年代 (ベイズ法では 95% CI の事後確率も使えます) を二次的に用いる.推定に基づく推定になってしまうので,その点を考慮して考察を書く必要があるように思えます.

分岐年代推定は設定を変えると推定値が大きく変わることがあります.このため樹形探索の結果と同じように,分岐年代推定の結果を信頼するのは疑問に思えます.現在の年代推定は,まったく推定がなされなかった分岐に初めて考察の糸口を与えるような感じでしょうか.


2014 年になって気がついたのですが,不確実性を考慮して化石記録から制約を作成する方法が開発されています.私は試したことがないですが,実際の解析に適用するにはなかなか複雑な印象を受けます.

Marshall CR. 2008.
A simple method for bracketing absolute divergence times on molecular phylogenies using multiple fossil calibration points. Am Nat. 171:726-742.

Dornburg A, Beaulieu JM, Oliver JC, Near TJ. 2011.
Integrating fossil preservation biases in the selection of calibrations for molecular divergence time estimation. Syst Biol. 60:519-527.

Wilkinson RD, Steiper ME, Soligo C, Martin RD, Yang Z, Tavaré S. 2011.
Dating primate divergences through an integrated analysis of palaeontological and
molecular data. Syst Biol. 60:16-31.

Nowak MD, Smith AB, Simpson C, Zwickl DJ. 2013.
A simple method for estimating informative node age priors for the fossil calibration of molecular divergence time analyses. PLoS One 8: e66245.

Heath TA, Huelsenbeck JP, Stadler T. 2014.
The fossilized birth-death process for coherent calibration of divergence-time estimates. Proc Natl Acad Sci USA 111: E2957–E2966.

Warnock et al. 2014.
Calibration uncertainty in molecular dating analyses: there is no substitute for the prior evaluation of time priors. Web.

参考文献

Benton MJ. et al. 2015. Constraints on the timescale of animal evolutionary history. Paleontologia Electronica.

Benton, M. J., and P. C. Donoghue. 2007. Paleontological evidence to date the tree of life. Mol.Biol.Evol 24: 26-53.


Inoue, JG, P Donoghue, Z Yang. 2010. The Impact of the Representation of Fossil Calibrations on Bayesian Estimation of Species Divergence Times. Systematic Biology 59:74-89.

Zheng, Y, R Peng, M Kuro-o, X Zeng. 2011. Exploring Patterns and Extent of Bias in Estimating Divergence Time from Mitochondrial DNA Sequence Data in a Particular Lineage: A Case Study of Salamanders (Order Caudata). Molecular Biology and Evolution, in press.